6月のラブソング

ご贔屓は大空祐飛さんと蒼羽りくちゃん。永遠にスペシャルなのは本山雅志選手。そんなももたが日々のよしなしごとを自己満足気味につづる日記です。

2017-06

Happy Birthday, コージ!

拝啓 ナカタコウジさま

30歳のお誕生日おめでとうございます。

初めてあなたを知ったのは、あなたが21歳の時。
あれから9年。
モトを見つめてきた年月と同じだけの間、あなたのことも見てきたのだなあ、と思うと、感慨深いです。

移籍の時にはいろいろとわだかまりもあったけれど。

それでも、今のあなたに心から言いたいです。

カシマに帰ってきてくれて、ありがとう。
モトの隣に戻ってきてくれて、ありがとう。
もう二度と見ることはないと思っていた夢の続きを見せてくれて、本当にありがとう、と。

願わくば、1日でも長く、サッカーを続けてくれますように。
そして、79年組の絆が永遠でありますように。

モトのお誕生日の時の記事にも書きましたが、リアルタイムで見ているのは9年前からだけど、高校3年の時からの映像を見ているので、12年間のナカタコウジを見てきたことになるんですよねぇ・・・。

コージ自身も今日は「(モトとかミツオとか)周囲が30歳になったのを見ていると、自分も年を取ったなと思う」とコメントしてましたが、私も年を取るはずだよね(爆)

18歳の冬、あの雪のフィールドに憂い顔でたたずんでいた美少年が、今やどこからどう見ても立派なおっさんなんだもんねぇ(爆爆爆)


今日はクラブハウスにも大勢のファンが詰めかけてプレゼント攻勢だったようですし、チームメイトからは恒例の卵と小麦粉での祝福を受けたようですが(これをやる日とやらない日の違いはなんなんですかね。今年、モトは(まあ、試合日だったから仕方ないのかもしれないけど)やらなかったもんねぇ)、うちはやはりモトヤママサシ至上主義ブログですので、そういった観点から(笑)お祝いのエントリーをしてみたいと思います。

題して、「想い出アルバム~2人の軌跡」です(←なんてセンスのないタイトル・・・すみません(汗))
では、どうぞ。


■1996年1月(16歳、高校1年)
 冬の選手権、東福岡はベスト4。モトは1年生で唯一のレギュラーでボランチ。帝京は2回戦で敗退。当時、コージはベンチ入りメンバーに届かない大勢の1年生の1人で、同学年でスタメンを張っているモトを勝手に意識してライバル視していたらしいw

■1997年夏(18歳、高校3年) 
 インターハイ決勝@京都・西京極 
   東福岡 4-3 帝京
 モトとコージの初対戦。コージはこの時、最初、モトをヒガシの女子マネだと思った、という逸話が残る。どうやらこの時に電話番号交換などして仲良くなったらしい。

■1997年夏~秋
 コージは東京から福岡へマメに電話していた模様。アントラーズ入団についてなど相談していたのかな?

■1997年秋
 U-18の合宿で再会。この時点では既に2人ともアントラーズ入団を決めていた。

■1998年1月
 選手権決勝 東福岡 2-1 帝京
  「雪の決勝」として語り継がれる伝説の試合。試合終了後、呆然とうつむいて雪の中にたたずむ美少年コージの写真が、翌朝のスポーツ紙1面を飾り、コージは「雪の王子」としてギャル人気が沸騰。
また、試合後に、ヒガシのエース、モトと帝京のキャプテン、コージが互いの健闘をたたえて抱き合った美しい光景が人々の心をとらえた(笑) ちなみに、この時、モトは「カシマに行っても頑張ろうね」と声をかけていた。

■1998年2月
 鹿島アントラーズ入団。共に雄飛寮に入寮。
 この年は、2人とも常にU-19に選ばれていて、アジアユースなどに出場。クラブでも代表でもずっと一緒でした。
 このころはまだ、モトはコージのことを「中田」と呼んでいた模様。
 雄飛寮で、伝説の「布団潜り込み事件」があったのは、この入団1年目のことでした(爆)

■1999年4月
 ワールドユースinナイジェリア 準優勝!
 素晴らしい結束力で旋風を巻き起こしたU-20JAPAN。
 モトはベストイレブンに選ばれる大活躍、コージもトルシエの寵愛を勝ち取り(笑)、フラット3の一角として不動の地位を築く。コージが勢いで坊主にしたのも、今となってはちょっぴり青い思い出ですね(笑)
 萌え的には、このころモトは小野伸ちゃんにべったりで、帰国後のテレビ出演で、伝説の「伸ちゃん見てる~?!」「相変わらず可愛いですね」事件が勃発。つか、今は代表選手皆フツーにチームメイトのことを可愛い可愛いって連発してますが(アツトのこととか、小ヤマダくんのこととか・・・)、当時はホントに衝撃的発言だった。時代は変わったのですね・・・(爆)

■1999年~2000年
 この時期も、クラブ&五輪代表で常に一緒に行動。
 カシマではいつも通り仲がいいのに、五輪代表では、なぜか2人の態度がよそよそしくて(というか、コージがモトにつれなくて)、フジョシに妄想のエサをまき散らす(爆)
 2000年夏のシドニー五輪はベスト8。コージは途中で負傷、モトはなかなか出場機会を与えられず・・・とやや不完全燃焼。
 アジアカップは共にお休み。こんな時まで足並みそろえなくてもいいのに、やっぱりいつも一緒の2人なのでした。
 2人のA代表デビューもこの年。さすがにトルシエは2人の仲(笑)をしっかり見抜いていたようで、モトを途中から出す時には、必ずその前にコージを入れて守備フォローをさせるようにして、どうも2人セットで扱っていた感がある(笑)
 アントラーズは2000年、3冠達成。コージはすっかり主力ボランチとして定位置を占める。モトはスーパーサブとして活躍。モトが入ると必ず、コージがモトにばかりパスを出してくれるところに愛を感じたものでした(笑)

■2001年
 このころからあからさまにベタベタし始めた2人(笑)
 だが、コージが某女優との仲をフ○イデーされる。フジョシに初めて訪れた心の危機でした(爆)
 モトがケガをしてる間に代表のスペイン遠征があったりと、入団以来ずっと同一行動だった2人ですが、このころからスケジュールが別々になることも増えてきました(涙)

■2002年
 W杯日韓大会。
 コージはメンバー入り。フラット3の左として、日本代表のベスト16に貢献。
 モトはギリギリまで当落線上に残っていたようですが、直前のけがなどもあり代表入りならず・・・。
 W杯期間中は、サッカーを離れてなぜか(爆)サンフランシスコに2週間ほどホームステイしたりしていたそうです。本人は決して口に出さないけど、W杯で盛り上がる日本にいたくないほど悔しかったんだろうなぁ・・・(涙)
 決勝トーナメントのトルコ戦、コージのミスが失点につながってしまい、敗戦。
 珍しく本気で凹んでしまったコージが、モトが待つ雄飛寮に帰ってきたのは、奇しくもモトのお誕生日の6月20日でした。そんなところにも何か縁を感じてしまうコージモト信者たちなのでした・・・(爆)

 さて、Jリーグが再開してからは2人とも大活躍で、ゴールシーンのたびにラブラブっぷりを見せてくれました(笑) 他の選手が点を取っているのに、なぜか2人で抱き合って喜んでたり(爆)
 ちなみに、私が初めて生観戦したのがこの年です。
 初めての生コージモト場面として今も記憶に残っているのは、夏のサンガ戦@西京極。
 延長Vゴール負けした試合なのですが、延長戦が始まる前、交代して退くモトがスパイクとソックスを脱いで裸足になって、これから延長戦を戦う仲間たち(皆ベンチの前あたりに座り込んで休憩してた)一人一人のところを回って、ハイテンションで話しかけていました。
 モトが最後にたどり着いたのがコージのところで。足を投げ出して座るコージの隣にくっついてしゃがみ込んで、プレー再開直前まで、他の誰の時よりも長い間、何か一生懸命しゃべって励ましていたのがいじらしくて(爆)印象的でした。

■2003年1月1日
 天皇杯決勝。VSサンガ。
 決勝にたどり着くまで、モトは大活躍だったのに、年末の準決勝の試合で負傷し、決勝に出られなくなってしまいました。
 そして、決勝の朝。
 スポーツ紙に躍った「モトのために勝つ」というコージの言葉に、信者たちは元旦から激萌え(爆)
 負けてしまい、「モトをお姫様だっこして表彰台に上がるコージの図」を見られなかったのが心から残念です(爆)

■2003年秋
 これまで大きな怪我をしたことのなかったコージが、試合中に負傷。全治9カ月ほどの大きなけがで戦線離脱してしまいました。
 その次の試合から、モトのスパイクに大きく「5」(当時のコージの背番号)と書かれていて号泣&激萌え(笑) 結局、シーズン終了くらいまで、ずっと「5」付きスパイクでプレーしていました。
 後にこの時の心境を聞かれたモトは「大事な仲間なので、いつも一緒に戦ってると思ってた」というようなことを言ってて、萌え抜きにしても(爆)2人の絆の深さに感動したものです。モトはこのスパイクを、カシスタのミュージアムの「選手のお宝展示特別展」か何かの時に出品していたそうで、それだけ深い思い入れのあるスパイクなんだなぁ、と実感しました。
 さて、コージと入れ替わりに9月、モトが代表復帰。最初の試合、セネガル戦では、それまでコージがつけていた背番号16をモトがつけたことに、やっぱり縁を感じる信者たちでした(爆)

■2004年
 コージが復帰したのは確か6月ごろだったでしょうか。
 代表にも復帰し、8月の中国アジアカップには共に出場。ヨルダン戦だったっけ、PK戦の時、ピッチで2人並んでじっとキッカーを見守る姿、勝ちが決まって喜びの抱擁を交わす姿に萌えました。
 9月、モトが入籍。
 この少し前に、コージがイナと2人でフーゾクに行った、という記事がフ○イデーか何かに載って、全くコージのやつ・・・と思っていたのですが、入籍発表を知って、「・・・コージもつらかったんだね・・・」(爆)と脳内変換し直すフジョシたちなのでした。

■2005年
 1月初めにモトの結婚式があり、モトはこともあろうにコージに「見て見て~」と結婚指輪を見せびらかす、という暴挙に出ました(爆)
 失意の(笑)コージは、その直後、トルシエに誘われるままにフランス・マルセイユの練習に参加。
 カシマは反対したものの、結局は、契約切れと同時に移籍金ゼロ、というアントラーズにとって最悪の形で移籍が決まってしまいました。

 ・・・当時、鹿サポとしては正直、割り切れない思いがあったけれど。
 でも、長年、モトを通してコージを見てきた一ファンとしては、どうしても海外に行きたかったコージの気持ちも分かり過ぎるくらい分かったのでした。
 ずっとずっと長い間、「海外でプレーすること」はコージの夢だった。
 それを誰よりも知っていたのは、一番近くにいたモトやミツオたちでしょう。
 モトがコージの夢の実現を喜び、彼を笑顔で送り出す以上、モトサポの私たちも納得しなければならない、と思いました。
 ただ・・・もう二度と2人が(代表を除いては)同じチームでプレーすることはないんだな、と思うと、さびしくてさびしくて、なんともいえない喪失感に襲われましたが(当時は、いつか日本に戻るにしても、こんな出て行き方をした以上、もうアントラーズには戻ってこられないだろう、どこか都会のチームに行くのでは、と大多数の鹿サポが思っていた)

■2005~2007年

 チームは離れてしまいましたが、代表では今まで通り顔を合わせていた2人。
 また、サポの複雑な感情をよそに、コージと鹿島フロントとの関係は良好で、コージは帰国するたびにカシマに来て自主トレしたり寮に泊まったりしていたようです。
 ただ、コージが海外に行っていた間は、モトはほとんどメールとかもしてなかったらしく。モトってなんとなく「去るものは追わず」的なところがあるからなぁ・・・とさびしく思っていました。コージのブログでも、モトの話題、たぶん出たことないんじゃないかなぁ。
 長い冬の時代でした。

■2008年~
 以前からコージのカシマ復帰がささやかれていたのですが、ついに決定。
 6月、3年5カ月ぶりに、コージがアントラーズレッドのユニフォームに袖を通しました。
 すぐに合流したJヴィレッジキャンプでは早速、コージにじゃれつくモトの姿が見られ。
 7月、霧のカシスタでのFC東京戦。モトとの交代で、コージはJのピッチに帰ってきました。
 以来、ピッチの内外で、以前と変わらぬ・・・いや、以前に増してのラブっぷりを見せてくれています。


・・・うーん、こうして振り返ると、本当に「運命的な出逢い+濃密な12年間」ですよねぇ。
一度は、2人の道は別れてしまって、もう二度と交わらないもの、と覚悟していたので、今になってまたこうして2人が一緒にいる姿が奇跡のように思えます。

あらためて、ナカタコウジさま。
モトと同じ時代に生まれてきてくれて、ありがとう。
モトとサッカーをする喜びを分かち合ってくれて、ありがとう。
モトが苦しい時支えてくれて、ありがとう。
どうかどうか、1日でも長く、モトと一緒にピッチに立っていてください。
サッカーの神様が、いつまでもあなたに祝福の光を与えてくれますように。
・・・そう、心から祈っています。

そして、「20代でやり残したことは結婚」というコージさん。
婚活頑張ってください(爆)
・・・つか、もう、君とイナは永遠に独身でいいよ(爆)

コメント

初めまして♪

通りすがりの鹿島サポです。

先日、中田選手を間近で見たらTVや写真で見るよりカッコ良くて素敵でした。


本山選手も中田選手も79年組みんな好きなのでこれからも頑張ってほしいです!!
全員一緒にピッチに立つことがないのでちょっと悲しいですが…。

ありがとうございます!

ミヤさま>

初めまして。
コメントありがとうございます!

鹿サポさんがいらっしゃるとドキドキします。
うちはこんな腐女子ブログで申し訳ございません(汗)

そうですよね、コージさん、最近は若干写真うつりが衰えてこられましたが(爆)、実物は本当にカッコイイですよね。
間近にご覧になったのですね・・・うらやましいです。

確かに最近はいつもモトとコージさんの交代なので、79年組一緒にピッチに立つことがないのがとても残念ですよね。
今年中にまた見られるといいなぁ。

こんな僻地ブログですが、よろしければまた遊びにいらしてくださいませ。

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プロフィール

ももた

Author:ももた
2005年5月からしばらくの間、演劇に関する文章を書くお仕事に携わっておりました。
(現在は別のジャンルの文章を書いております)
2006年5月、仕事で観劇した月組公演「暁のローマ」でカシウスに堕ち、坂道を転がるように現在に至ります。
タカラヅカとの出会いから立派なヅカヲタに至るまでの詳細は、ブログ内の「ゆうひさん堕ちの軌跡」全3回に書いておりますので、ご参照ください。
現在は、俳優としてのゆうひさんをまったりマイペースで愛でつつ、宝塚を中心に興味のある舞台を観ています。

2016年8月、9年前の初舞台から密かに(?)愛でてきたりくちゃんに、本格的に囚われていることをやっと自分で認めました。
これからはおおっぴらにファン道を歩きたいと思います(笑)

モトサポ歴は16年余。
何があろうと「モトヤママサシ至上主義」です。
同時に79年組を偏愛してます。
黄金世代は永遠です。
モトが18年在籍したクラブへの愛着はありますが、2016年は鹿観戦は少しお休みし、初心者ギラヴァンツ北九州サポとして一から勉強する所存です。

ヅカネタもサカネタも、基本的にミーハーかつフジョシ目線で語っております。
NGな方はスルーをお願いします。

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